Project Story 01

クインタックの
新しい用途を
見つけ出せ!

高強度と高伸縮性という
相反する課題を
実現するために、
常識を破った非対称構造に。
松原哲明

総合開発センター 研究企画管理部 部長
横浜国立大学 大学院 工学研究科 物質工学専攻(修士)

クインタック(Quintac®)シリーズは、ポリスチレン・ポリイソプレン・ポリスチレン構造のブロック共重合体(以下 SIS)による熱可塑性エラストマー。当時、SISのほとんどは、粘着テープなどの粘接着剤のベースポリマーの主材として使われるもので、大きな新たな課題は無くなっていた。

そんな状況の中で、松原たちは新たな挑戦をすることで、クインタックの新しい用途を開拓した。しかし、その道のりは、決して平坦なものではなかった。

社長からも「新商品が出ない部署」と
言われていた。

当時、松原が率いる化成品研究グループは新規開発のテーマがなく、社長講話でも「新商品が出ない部署」の例として挙げられる状況であった。当時は、シクロオレフィンポリマーでの新製品開発が相次ぎ、光学フィルム事業の立ち上げ、電池材料や手袋用ラテックスなどのホットな話題があり、化成品研究グループは社内の他部署の人たちから「お前の部署は何も無い」「そろそろ解散?」と冗談交じりに皮肉を言われるほどの肩身の狭い存在だったのだ。
しかし、松原には「SISにはまだまだ開発の余地がある」という強い信念があり、まだ利用さていない熱可塑性エラストマーとしての特徴を追い続けた。薬栓やタンスの下に敷く耐震マット、窓ガラスなどに貼り付けるデコレーション用の素材など、いくつもの用途を提案してみたが、「何をやっても全部ボツでした」

紙おむつの「コストダウン」と
「つけ心地」改善をSISでできないか?

ゼオンのSISはテープ止め粘着剤や部材を構成する接着剤用として紙おむつに採用されており、化成品研究グループは従来から紙おむつの開発動向は調べていた。エラストマーとしての可能性を追いかけていた松原は、腰周りの伸縮フィルムに目を留めた。コンタクトのあったお客様に伸縮フィルムについて聞いてみると、「良い材料があれば、もっともっと薄くしたいんだけどね。でも単純に薄くすると強度が足らなくなって十分な締め付けができないんですよ。そうすると赤ちゃんが動くと紙おむつがずれてしまいますよね。」
熱可塑性エラストマーであるSISを伸縮フィルムにできないか?粘着剤に用いられるSISは柔軟であり求められる強度には届かない。松原らは早速開発に着手、強度の向上を目指した。しかし開発は順調には進まなかった。強度を上げると、ゴムがプラスチックのように固くなり、元の形に縮まず、張り直しができない弱点が生じる。しかも、硬いとつけ心地や肌触りが悪くなってしまうデメリットもある。色々な方法を試してみても、強度と伸縮性の両立ができない。強くすれば伸縮性は出ず、伸縮性を求めると低強度になる……の繰り返しで、しなやかで柔らかくて強いフィルムはなかなか完成しなかった。

非対称構造に挑戦することで、
躍り上がるようなデータが出る。

気が付くと新規用途開拓着手から約4年の月日が流れ、松原も「もう、ダメかな。そろそろ諦める潮時か……」と思うようになってきた。そんな時、「もうそろそろ帰ろうか」と思って帰り支度を始めると、研究をしていた部下(現:化成品研究室長)がデータとフィルム片を手に持って、「これを見てください!」と興奮した表情で部屋に飛び込んできた。

元来SISはポリイソプレンの両側に同じ構造のポリスチレンブロックを有する対称のブロックポリマーであり、特有の「ミクロ相分離構造」を形成している。強度を上げた際に硬くなってしまうのはこのミクロ相分離構造によるものと考え、それを崩そうと試みてきた最後の答えが、「非対称構造」の導入であったのだ。
「それは見事なデータとフィルム片でした。嘘だろ!いったい何やったんだ? と叫んでしまいました。興奮しながらみんなでそれを囲んだことを昨日のように覚えています。」

フィルムサンプルを作って、
海外のフィルムメーカーへ。

松原は、「コレでいける!」と思ったが、お客様に興味を持ってもらい、採用されなければ話は進まない。そこで、それまで取り引きがなかったフィルムメーカーに提案するためのフィルムサンプルを作ることにした。しかし、これも簡単にはいかなかった。フィルムを薄くした時に穴が開いたり、厚さが均等にならなかったりという失敗が何度も続く。満足のいく完成品ができないうちに、海外のフィルムメーカーに初プレゼンを行うために日本を出発する前日を迎えてしまう。
「もうフィルムサンプルを持っていくのは無理かな。データだけを持っていこうか。」と松原が思った時に、非対称構造導入に成功した開発者が「こんなのしかできませんでした。失敗です」と、見栄えの悪いフィルムサンプルを持ってきた。松原は、そのフィルムサンプルの良さそうな部分だけを切り出し、名刺サイズになってしまったフィルムを手に、「我々は伸縮フィルムメーカーではない。まずポリマー屋がこんなの作ったんだけど、どう?とお客様に話してみるよ。」と開発者に言い残して、海外のお客様に向かった。

お客様も松原が持っていったフィルムの特徴は理解し、何度もそのフィルムを眺めながら「やってみる」と言ってくださり、この材料を何とか使いこなそうとしてくれた。なお、開発者はフィルムサンプル作製に苦労したのだが、SISのフィルム化がポリエチレンなどよりはるかに難易度が高いことを知ったのは、ずいぶん後からのことであった。

紙おむつの伸縮性フィルムに採用。
フィルム厚を20~50%に削減。

こうして、非対称型のSISは紙おむつの伸縮フィルムに採用された。
「新しいクインタックはフィルムの厚さを従来より20~50%も薄くすることを可能にし、廃棄量やコストの削減に寄与しました。また、混練が容易なため、副材料混練工程の削減や低加工温度(−20℃)によるエネルギーコストの削減にも貢献しました」
こうした多くのメリットがあることから、今では海外・国内の多くの紙おむつに採用されている。そして、非対称型のSISは当社のオンリーワンの技術として、紙おむつの伸縮フィルムだけでなく、元来の粘接着用途にも展開されダイカット(糊切れ)性が大きく改善された粘着ラベルなどにも展開されている。

これにより、先が無いと思われ、一時は赤字に転落したSISの売上げが大きく伸び、大きな増強投資を2016年に実行、生産量は松原がSIS事業に初めて携わった当時と比較して4倍となった。ゼオンのSIS事業は、松原とその後輩たちが伸縮フィルムを立ち上げたことで、現在では世界でNo.1の生産と販売を行うまでに成長したのである。

「新しい用途を開拓して、社内でも発明賞をいただきましたが、それ以上に社外での評価が高く、平成28年度高分子学会賞(技術)や2020年度の日本接着学会技術賞をいただきました。」

学生の皆さんへ

なかなか思ったような結果が出ない時期もあったが、松原は「あれをやってみたらどうだろう?と考えることが楽しかった」と当時を振り返る。担当の若手技術者も、「もうダメかもしれないけど、まだ試していないアイデアが3つあるから、これだけはやらせて欲しい」と、前向きな気持ちと挑戦心は失わなかった。

松原に、この経験を通じて、学生の皆さんに伝えたいことを聞いてみた。
「今は研究企画管理部長の立場で、研究部署に対して『その開発品はお客様や社会のために役立つものか?』と口にすることも増えました。企業の研究開発は、会社の収益確保とともにお客様や社会への貢献が大事ですので。
ただ若い研究者にとって、研究対象物や出てきたデータに対して『真摯に向き合う』ことは重要なことかなと思っています。実験の成功・失敗は我々の勝手な尺度での判断にすぎません。『モノやデータは何の雑念もなく、我々に何かを訴えてきている』ということを、研究者たるものは、忘れてはならないと思います」

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